住まいとくらし~団地のリノベーション②~1棟丸ごとリノベーション「アンレーベ横浜星川」
団地コラム2024.08.27
団地のリノベーションというと、まず思いつくのは古い団地の間取りや設備を現代のくらしに併せて更新することだと思います。今回紹介するのは住戸内だけでなく、外装、共用部分を含めた1棟丸ごとリノベーションの事例です。さらに珍しいのは、居住者の方にお住まいいただいたまま、工事をしたこと。外壁から共用の給排水、電気設備や住戸内も工事があるのに、なぜ居住者に移転や退去を求めず、「居ながら工事」を選択したのでしょうか。
今回の「住まいとくらし」は「団地のリノベーション②」として、居ながら工事、1棟丸ごとリノベーションの事例を紹介します。
昭和29年(1954年)に竣工した桜ヶ丘共同住宅(横浜市保土ケ谷区)。竣工から60年以上が経過した住宅ですが、令和元年(2019年)に外壁塗装+外断熱化、給排水一式、室内の間取りや内装・設備など、1棟丸ごとリノベーションを実施し「アンレーベ横浜星川」として生まれ変わりました。老朽化が進み、設備面でも現代の賃貸住宅と比較して性能が劣る部分があった建物を、今後も優良な賃貸住宅として継続させるため、建物の長寿命化や商品価値の向上を図ることを目的とした実験的取り組みとして実施しました。
物件・工事概要
旧物件名:桜ヶ丘共同住宅
所在地:横浜市保土ケ谷区桜ケ丘1-18-28
管理開始:昭和29年(1954年)
構造・規模:壁式鉄筋コンクリート造・地上4階建・1棟・建物高さ13.69m
戸数等:37.30㎡(2DK)・32戸
面積:敷地1,829㎡・建築360㎡・延床面積1,462㎡
用途地域:第1種低層住居専用地域(50%/100%)
高度地区:第1種高度地区(10m)
設計・工事監理・施工:馬淵建設株式会社
工期:平成30年(2018年)3月~平成31年(2019年)2月(11ヶ月)
目的
築60年以上経過した住宅は、鉄筋コンクリートの躯体に耐震性は認められたものの、設備面では現代の賃貸住宅と比較して性能が劣る部分があり、また、既存不適格建築物のため、仮に建て替えたとしても現行よりも戸数、床面積が少なくなることや、近傍家賃がそれほど高くなく建替え後の家賃もあまり高く設定できないなど、建替えが困難な住宅でした。
そこで今後も優良な公社の賃貸住宅として継続させるため、このプロジェクトでは以下の2点を目的として事業をスタートさせました。
・建替えによる投資利回りが期待できない団地(既存ストック)を活用して、建物の長寿命化や商品価値の向上を図る。
・従来の改修工事をさらに一歩進めた設備改修やリノベーション等を実施して、市場競争力や居住性能の向上を目指す次世代への取り組みを行う。
4つのチャレンジ
1 棟丸ごとリノベーションを計画するにあたり、すべての居住者が住まいながらすべての工事を実施することを前提としつつ、団地のイメージを一新することを目指した。リノベーション完成後には、「アンレーベ横浜星川」に建物名称を変更。
取り組みにおいては、以下の4つを柱とした工事にチャレンジしました。
①外断熱:躯体を残して全面的な改修(外断熱工法)
昭和50年(1975年)年頃までに建設された団地の多くは無断熱でした。建物の長寿命化を目指すためには、温熱環境の改善や結露・カビの抑制となる断熱性能の向上は重要なポイントであり、また、築60年以上が経過している建物であるため、躯体の劣化の進行がリスクとなっており、断熱材で躯体を覆うことで躯体保護による中性化進行の抑制も期待できることから「外断熱工法」を採用しました。
また、窓には断熱効果の高いLow-E複層ガラスを施し、外壁・窓の両方が現代のマンションと同等となることを目指し、省エネ性能の向上を図りました。さらに、結露やカビのさらなる対策として、24時間換気設備も備えて、断熱性能とともに換気性能の向上も図っています。
担当者コメント
昭和20年代に建設された建物は躯体精度が低く、目視で分かるほど不陸が著しく、出隅等の通りも悪かったです。さらには壁式構造で柱や梁がないため、100㎝× 50㎝の断熱材を外壁の各面毎で均一に張り付けなければならず、施工は困難を極めました。断熱材の厚みを考慮してサッシ等の水切り長さを設計しましたが、不陸調整等により断熱材の仕上げが設計値以上となる部分が発生して、十分なクリアランスを確保できない水切りもあり、古い団地での外断熱改修の難しさを感じました。
②リノベーション
(1) 住戸のフルリノベーション
従来の間取りにとらわれないプランを目指し、専有部内をスケルトン化した上で、団地の間取りで一般的な和室が南北に配置されている2DKを1LDKにフルリノベーションに。
構造躯体である壁梁を生かした計画で、北側に水廻り設備を集約し、居住空間を南側に配置。さらにユニットバスを住戸の中央に設置した回遊型のブランとすることで、生活動線がスムーズになるよう工夫し、限られた広さの中で、現代的なマンションの機能を備えた住戸を実現させました。
ユニットバスおよびレンジフードに必要なダクト用スリーブは、躯体への影響を避けるため、新たなコア抜きは避け、サッシの一部を改修しダクト用に利用しました。そのため、建物外側から見ると、フルリノベーションした住戸としていない住戸の違いが一目瞭然となっており、リノベーションならではの外観となっています。
左:従前の和室6畳、右:フルリノベのリビング
手摺がなく窓の下半分がパネル状になっているところがフルリノベーションの部屋
既存の間取りでは4.5畳の和室。フルリノベーションではキッチンに。
フルリノベーションのリビング。床材には県内小田原産の杉無垢材を使用
担当者のコメント
当公社では、所有する資産の利活用を通じてSDGsと親和性の高い取組みを行なっていて、今回のリノベーション工事では建物長寿命化のほかに、フローリングに輸入材を利用するのではなく、県内小田原産の杉無垢材厚さ25mmを利用することで、輸送に係るCO2発生の抑制や地域の山林の健全化、また、地産地消による地域経済の活性化という狙いもありました。
(2) 外観デザイン
商品価値向上のために外観デザインも検討を重ねた。外壁等のデザインを変えることで従来の団地のイメージを一新することを目指し、屋外化した排水竪管や改修した給水管をアルミルーバーで覆い隠し、露出させた配管を見せない外観デザインを実現させました。また、エントランスとなる階段室入口にはモザイクタイルおよび磁器質タイルでファサードのデザインも一新させて、外観デザインの統一化を図りました。
色彩計画では、建物が丘の中腹に立地していることから、アプローチとなる坂から見上げる景観に配慮した暖色系のデザインとすることで、周辺への調和も意識し、明るい開かれた景観となるようにしました。
左:従前のエントランス、右:リノベーション後のエントランスはモザイクタイル等でデザインを一新
左:従前の外観、右:リノベーション後は一見、新築物件に間違われるほど
担当者コメント
工事が完了し、足場が撤去された建物を見たときには、以前の団地とは思えない外観に、居住者や近隣の方から「マンションみたい!」とのお言葉もいただきました。
③排水竪管の屋外化
今回の改修では住戸内を通っていた排水竪管の屋外化を行いました。メンテナンス性の向上が図れることやフルリノベーションにおいてプランの自由度が増すためです。
団地の屋内排水管は住戸内を通っていたため、改修には専有部に入らねばならず、居住者の協力がなければできませんでした。また浴室廻りの排水管がスラブ下である下階の浴室の天井にあり、直下階の専有部内を通ることから1戸だけの改修時にも下階の居住者に負担がかかります。これらを解決する、大きなメリットのある竪管の屋外化を実現するためチャレンジでした。
フルリノベーション住戸は、スケルトン化して工事を行うため、屋外化した排水管への接続が可能でした。しかしながら、居住中の住戸で屋外の排水管に接続し直すことは今回の工事では居住者への負担が大きく、現実的に困難であったため、リノベーションしない住戸は既存配管を継続利用することとしました。
屋上から見た排水竪管。将来設置する横引き管が接続できるよう受け口を設けた
④居ながら工事
この取り組みの最大のポイントは、入居者が住まいながら外装および内装の全て工事を実現させたことです。
全ての住戸でフルリノベーションを行い、家賃を上げて収益性を求めることを優先せずに、高齢化が進む従前からの入居者が引き続きお住まいいただけるよう、必要な設備改修を居ながらで施工するリノベーションプランを計画しました。
居住者はリノベーションする範囲の異なる3つのリノベーションプランから選択でき、棟内移転によるローテーションで居ながらで全戸の工事を実践した。移転をしないプランを計画することで、通常の建替事業で必要となる「移転交渉」が必須とならなかったことで、建替事業と比べて事業期間を約2年短縮することができました。
空き住戸に「フルリノベーション」と「部分リノベーション」のモデルルームをつくり、フルリノベーションの工事から進めていった
・3つのリノベプラン(居住者が選択して、ローテーションで内装工事を実施)
①必須リノベーション
高齢者世帯への配慮として、移転を必要としない、居ながらで室内工事を行うプラン。(家賃の増額は無し)
《主な仕様》給湯器設置、アルミサッシ・Low-E 複層ガラス、浴室改修パネル化、洗濯機置き場設置
②部分リノベーションプラン
設備改修(必須リノベ)のみでなく、和室を洋室化するプラン。床工事を行うため工事中は先行して工事したフルリノベ済み住戸に仮移転、完了後は元の住戸で生活。(改修後の家賃が月額約1,500円アップ)
《主な仕様》必須リノベーション仕様+洋室化
③フルリノベーション
37.30㎡で2DKだった間取りをスケルトン化して間取りを1LDK に一新。お住まいの方は完成後に希望住戸に本移転。(改修後の家賃が月額約1万5,000円アップ)
《主な仕様》ユニットバス、システムキッチン、24時間換気、エアコン、玄関扉、県内産杉無垢フローリング等
担当者コメント
共用部・専有部の多くの工程を効率的かつ合理的に実施していくことの重要性を設計時から設計・施工者で共有意識をもって進めました。工事期間が11カ月という長期間に及ぶため、工事中は入居者とのコミュニケーションが非常に重要であると認識し、入居者の不安を極力少なくするために、工事情報を細かく提供しました。工事期間中の入居者の住環境を維持するため、公社だけではなく、設計・工事監理・施工を担当した馬淵建設株式会社と一緒に入居者への細かい対応を心掛けたことにより、工事に対してお住まいの方からご理解とご協力を得ることができたと感じています。
アンレーベ横浜星川に関するリノベーションの効果について
老朽化した団地の更新手法として、建替えとリノベーションの2つが考えられます。リノベーションの場合、居ながら工事を前提とすれば、既入居者の移転交渉が不要となり、建替えと比較し事業期間の短縮が図られ、事業費も専有面積単価当り66%程度に抑えることができました。また、工事中における居住者の移転先が棟内の空き住戸で確保できることで、居住者のご負担と事業コストの双方を軽減することが可能となり、今回の1棟丸ごとリノベーションという初のチャレンジングな事業の経験で、さまざまなノウハウを得たと言えます。
担当者のコメント
リノベーションされた部屋は若い世代からの人気が高いです。改修工事の後、フルリノベーション住戸に入居した世帯は、60代以上の世帯が6世帯、20代〜40代の世帯は延べ21世帯と高齢者だけでなく、若年世帯からも支持を得られるようになりました。募集すればすぐに入居を希望される方から連絡がある人気物件に生まれ変わりました。
2021年3月には、長寿命化の取り組みと居住者の協力により可能となった居ながら施工が評価され、今後の長期使用のビジョンを持って蘇生させるリフォームがなされた模範的な建築物として、第30回BELCA賞表彰建築物ベストリフォーム部門を受賞しました。
「アンレーベ」
戦後昭和の高度経済成長期に産業の発展と共に多く建設され、かつて「夢の団地」といわれていた団地の利活用を目指した住宅性能改善事業において、「夢」をキーワードにフランス語の夢「REVE(レーヴ)」に不定冠詞「UN(アン)」を付けた造語。
●関連動画
"みらいへのプロジェクト"シリーズ1棟丸ごとリノベーション「アンレーベ横浜星川」取り組み動画
●関連サイト
2021年、公益社団法人ロングライフビル推進協会が主催するBELCA賞にて、「アンレーベ横浜星川」(所在地:横浜市保土ケ谷区)が第30回BELCA賞「ベストリフォーム部門」を受賞しました。
https://www.kanagawa-jk.or.jp/news/?id=928
STAFF VOICE 職員の声:"業界でも注目、公社初の1棟丸ごとリノベーションを担当"上田 憲治(2021.03.15掲載)
https://www.kanagawa-jk.or.jp/recruit/introduction/details.asp?id=27
県内産木材の活用
https://www.kanagawa-jk.or.jp/action/woods.html
●関連サイト:外部サイト
SUUMOジャーナル【2024年8月26日 (月)掲載】
https://suumo.jp/journal/2024/08/26/204630/
「建築物価」2019年10月号掲載
https://www.kensetu-bukka.or.jp/renovation/5939/